ケーススタディ
父が亡くなり、相続手続きをしなければならないのに、
母は物忘れがひどくなって…
3年程前から闘病していた父が今年亡くなってしまいました。父が倒れた時に母には物忘れがあるとわかっていましたが、私は仕事に追われ、母の様子に気づいてあげられず、父の死後、母は認知症がかなり進んでいたことに気づきました。
実家の土地建物は父名義ですし、さまざまな相続手続きをしなければならなくなりましたが、母は父が亡くなったこともわかっていない状況です。弟が母と同じ屋根の下で生活しているものの、弟は会社勤めで、生活が別々です。これ以上弟に負担をかけたくありません。
どうしたらいいでしょうか。私に何かできることはあるでしょうか。
法定後見制度で、まずは正しい財産管理を
成年後見制度は、ご本人の権利や財産を守り、意思決定を支援する身近な仕組みです。
認知症などで判断能力が衰えた方には、「法定後見制度」の利用をお勧めします。
ご本人が認知症になり、預貯金の管理ができなくなったからと、本人以外の人が預貯金を下ろすことはいくら家族でも原則できません。また、お金が手元にあったとしても適切に使うことも難しくなります。そのために、法定後見人を裁判所に選任してもらい、まずは正しい財産管理を行うことで、ご本人の生活を安定させることを目指しましょう。
法定後見人になるのに資格は必要ありません。法定後見人を選任するのは家庭裁判所ですが、親族がなることもできます。ですが、親族がいないとか仕事が忙しいとか遠方に住んでいるとかの理由で、後見人になる親族がない場合、専門職に依頼することを検討されてはいかかでしょうか。
司法書士などの専門職後見人は、金銭や法的な手続きの代行者として裁判所が選任するプロフェッショナルです。この場合は、「他人であるからこそ安心して今後を任せられる」と言えでしょう。
法定後見人が本人の利益を守りながら相続手続きを行います。
法定後見人は、正式な本人の代理人です。ですから、本人の代わりに相続手続きを行うことができます。「相続手続き」と言うと、遺産分割協議が思い浮かびますが、その外に、遺産分割調停、相続放棄手続きもありますし、遺産の種類は、不動産、預貯金、保険、有価証券、書画骨董等々様々です。
法定後見人は、遺産分割協議に加わることもできますし、預貯金や有価証券の名義変更や保険請求手続きもします。借金などの負債が多額だった場合に相続放棄の手続を行うことができます。これらの手続きをすべて親族が行うことは多くの時間も労力もかかります。
相続人が法定後見人になった場合、遺産分割協議や相続放棄手続きをするには、本人と法定後見人間で利益相反に該当するので、さらに裁判所が選任する「特別代理人」が必要になります。
司法書士は、「相続登記」の専門家ですし、相続手続きを安心して任せることができる専門職です。
裁判所が関係する手続きも多く必要になるので、やはり司法書士などの専門職後見人に任せると安心できるのではないでしょうか。
知的障害のある子供の将来が心配。私が死んでしまったら…
「親なき後問題」
知的障害などのある子を親が介護している場合に、親が亡くなった後にその子をどうやって支援していくかという問題を「親なき後問題」と言います。
- 障害者年金等の年金収入で生活費は足りるのか。
- 親がその子にたくさん遺産を残した方がいいのか。
- 預金を下ろしたり支払いをしたりと、きちんと金銭の管理ができるだろうか。
- 施設に入所することになったら、入所の契約などはどうすればいいのか。
- 年金の手続きや福祉サービスなどの手続きはどうするのか。
等々心配は尽きません。親が死亡した後ではなく、親が元気なうちにどのように備えるかが重要です。
その方策の一つとして、法定後見制度を利用することができます。
親が元気なうちは、親が法定後見人になって本人を支援します。そうすれば、その後見人である親が亡くなったとしても、家庭裁判所が新たな法定後見人を選任するので、支援を継続することができます。
なお、子に一定の判断能力がある場合には、任意後見制度を利用することもできます。また、遺言や民事信託(家族内の信託や遺言での信託)なども併せて利用することを検討されてはいかがでしょうか。
「親なき後問題」の詳細を見る認知症でも不動産を売却して
入院費や施設使用料、生活費にあてたい。
認知症になった時、自分名義の不動産の売却はできるのでしょうか。
誰しも一度は、「もし将来認知症になってしまったら」と想像すると思います。そうなった時には、入院や施設への入所が必要になることも想定し、自分が持っている資産を家族などに代わって売却してもらい、費用の準備ができればと考える方も多いでしょう。
実際に、不動産の所有者が認知症になり、本人名義の不動産を売却して入院費や治療費などに充てたいと家族が業者に相談するケースも増加しています。
ところが、所有名義人以外が本人に代わって不動産を売却することは、名義人の承諾なしには一切できないことになっています。名義人の意思確認が困難な場合、取引を成立させることができないためです。
では、名義人の意思確認ができなくなってしまった時、不動産を売却する方法はあるのでしょうか。
成年後見制度を利用すれば、法定後見人による不動産売却が可能に
認知症などで判断能力が不十分になり、法律行為ができなくなった場合、「法定後見制度」を利用することで売却が可能になります。
ただし、法定後見制度を利用して不動産を売却する際、その不動産が本人の居住を目的として所有しているものである場合は、法律上、家庭裁判所の許可が必要となります。「売却が本当に必要かどうか」「帰宅する見込みはあるか、また本人にその意向があるか」「売却額が妥当かどうか」「帰宅することになった場合、不動産売却後の帰宅先が別途確保できるかどうか」などを判断材料として、裁判所が審理するので、本人に損害を与えることがないので安心です。
なお、居住用の不動産に該当するかどうかは、実際に本人が居住していたり、その住所に住民登録がされていたりするだけではなく、本人の生活実態など、例えば「現に居住していなくても過去に生活の本拠となっていた不動産」「将来生活の本拠として利用する予定の不動産」であれば、「居住用の不動産」とみなされます。
また、売却した代金がきちんと本人のために使われるかどうか、売却を反対する者が親族の中にいないかなども重要な要素としてチェックされるので、そういった点まで含め理解しておきましょう。
使わないのに高額商品を買ってしまう…
一人暮らしの叔母が心配
ある日、久しぶりに独居の叔母の家を訪ねたところ、玄関先に大きなウォーターサーバーが設置され、リビングには海洋深層水の箱や化粧品、健康食品の段ボール箱がたくさんありました。冷え取り健康美容具やらお風呂にも泡が出るという機器も。
叔母に話を聞くと、「田中さんがしょっちゅう訪ねてきて話を聞いてくれる、パンフレットも持ってきてくれる。」と答えましたが、その田中さんのフルネームも住所も「あの、あの、」というばかりではっきりしません。どうも認知症が進んでいるのではないかと思いました。
パンフレットに記載されている金額も高額なうえ、どう考えて叔母の生活に必要とは思えませんでした。悪徳商法に騙されてるのではないでしょうか。
どうしたらいいでしょうか。
だまされないために、法定後見制度を利用する
高齢者は家にいることが多いので、そのような勧誘販売に遭う確率も高くなります。お金や健康、そして孤独を抱えていることに対し、うまく言葉を操りながら信用させ、商品を買わせたり資産を奪い取ろうとしたりするのです。さらに、認知症の方はますます判断能力が低下しているため、よくわからないままお金を払ってしまうケースが増えています。一人暮らしをする高齢者が増加するのに伴い、高齢者でこのような被害に遭う方が多くなっています。
このような判断能力が低下して悪徳商法に騙されやすくなっている方には、「法定後見制度」の利用をお勧めします。契約のときに、自分にとって本当に必要な商品なのか、契約の内容に怪しい点はないか、購入の契約をする前に法定後見人に相談することもでき、一緒に考えアドバイスしてくれて、適切な判断を下すことができるので安心です。
法定後見人は同意権や取消権を持つことができます
また、法定後見制度を利用することで、法定後見人の同意がないと契約ができなかったり、契約を取り消してお金を取り戻すことができたりもします。ですから、制度を利用することで、ご家族の方も離れていても安心です。こまめに連絡をとることももちろん大切ですが、被害が起きる前に対処できる体制を整えておくことが必要です。
一人暮らしになり将来が心配
子供がいない私は、夫が他界し、現在一人暮らしです。数年前に仕事を退職しています。
最近足腰も弱くなってきて将来のことが心配になってきました。病気で入院するかもしれません。認知症になって自分で判断することが難しくなるかもしれません。
隣の奥さんが、「私がやってあげるわよ」と言ってくれています。自宅のこととか、年金のこととか、通帳のお金の出し入れとか… そこまでやってもらうのは申し訳ないと思ったり、言われるままにお任せしまって大丈夫なのだろうかと不安も感じたり。何か良い方法はありますか。
信頼できる人と任意後見契約を結ぶ
「口約束」だけでは、将来の備えとしては十分ではありません。また、判断能力が低下したときには、頼んでいた通りにしてくれているかの確認が難しくなりますし、不正をされても気づくことができないかもしれません。 このような場合に、「任意後見契約」を検討してはいかがでしょう。「任意後見契約」は、将来判断能力が低下した際に誰に何を頼むのかを決め、その内容を「公正証書」で作成しておくものです。そして、判断能力が低下した際には、申し立てにより家庭裁判所が頼んだ人をチェックする監督人を選んでくれます。誰に頼むかは、信頼できる人を自分自身で決めることができます。家族や親しい人の他、専門職や法人という選択肢もあります。
契約をしても、今すぐ財産管理や身上保護の支援が始まるわけではなく、今まで通りの生活を続けることができます。そして、将来認知症などで判断能力が低下したときには監督人が選ばれることで効力が生じ、信頼して頼んだその人(任意後見人)が、あなたのために契約に基づいて様々な支援をしてくれます。
任意後見契約は、将来の「安心」を買う保険のようなものだと言えるでしょう。
将来は任意後見で万全?
子供がいない私は、夫が他界し、現在一人暮らしです。数年前に仕事を退職しています。このたび、将来のことを考え、任意後見契約を結びました。
私は任意後見契約を結び安心していました。ところが、「任意後見は、(法定後見も含む)私が死亡すると終了する」と聞きました。
任意後見契約をすれば、その任意後見人が、私の死後の整理も当然してもらえると思っていたのですが、ダメなのでしょうか?
死後事務の委任契約や、
遺言を活用する
本人の死亡によって任意後見契約は終了してしまいますから、その後、任意後見人には何の権限もなくなってしまいます。そこで、「あなたの気持ちを尊重するために」活用したいのが、死後事務の委任契約と遺言です。
後見制度の親なき後問題への応用~残された子のために~
法定後見制度を利用する
リレー方式(単独後見)
当初は、親が後見人等になって本人を支援します。後見人等である親が亡くなったとしても、家庭裁判所が新たな後見人等を選任するので、支援を継続できます。
親族で複数後見
親とともに子の兄弟など親族が後見人等になり、親が亡くなった後はもう一人の親族後見人等が引き続き支援します。
専門職と複数後見
親とともに専門職が後見人等となり、親が亡くなった後は専門職後見人等が引き続き支援します。
任意後見制度を利用する
子に一定の判断能力がある場合には、本人も親も信頼できる人と本人とが任意後見契約を締結します。望みどおりの人から、本人の意思をきめ細やかに反映した望みどおりの支援が受けられます。
遺言を利用する
障害のある子自身やその子の面倒を見てくれる親族に多く遺産がわたるようにすることが考えられます。
民事信託(家族内の信託)を利用する
信託とは、財産を持っている人(委託者)が信頼できる相手(受託者)に、その財産の運用で利益を得る人(受益者)のために、自分の財産の管理や処分をする権限を託す財産管理の仕組みです。信託銀行と間の信託の契約を商事信託というのに対し、家族や親族との間での信託の契約を民事信託といいます。家族などに財産を託す契約をして管理・処分してもらうことができ、財産を託された人(受託者)がお金の出し入れや不動産の売却などを行います。
- 民事信託を利用する
メリット -
- 親が亡くなっても障害のある子の生活資金を確保できます。
- 親が亡くなった後でも煩雑な相続手続きを経ることなくスムーズに障害のある子をサポートできます。
『親が元気なうちは一人息子へ金銭的支援もできるし、親が死亡したら遺産は子が相続することができる。けれども、子は自分で財産を管理できないだろうから、子に後見人等を就けておこう。そして、信頼できる甥と信託契約を締結してアパートの管理処分を託すことにして、親が元気なうちは親が賃料を受け取る受益者として、親の死後は子を受益者とすれば、子の生活資金も確保できて安心だ。』